レビュー、ショー時代来たる‐宝塚
明治中期までの宝塚一帯は名もない、さびれた小村に過ぎず、明治二十五年に武庫川岸の鉱泉をひいて旧温泉が造れたが、阪鶴鉄道(現福池山線)と箕面有馬電鉄(現阪急)の開通により漸く発展の兆を見せ始めた。箕面有馬電鉄はさらに乗客の増加をはかるため小林一三の発案で遊覧地を造ることを計画、武庫川東岸の埋立地を買取り、近代的な大理石造りの温泉大浴場と家族組泉を新設、宝塚新温泉と名付けて明示四十四年五月一日開場した。しかしこの日本最初の温泉室内プールは男女混浴の不許可などで失敗、湯を抜いてしまった。そこでこの大きな水泳場を利用して余興場にすることにし、その頃大阪三越でやっていた少年音楽隊(オペラの田谷カ三もこの少年品目栄隊の出身である。)にヒントを得て宝嫁唄歌隊なるのもができた。これが大正二年の七月で、高峰妙子・雄鳥艶来・外山咲子・由良道子ら十五名が採用されて発足した。その内、唄歌を唄うだけでなく、帝劇でやっている歌劇と似たようなものをやろうという話が起こり、滝川末子ら第二期生を加え、唄歌隊の名称を廃し、宝塚少女歌劇養成所と改称、基本的な演技を全般に渡って学ぶことになった。九ヵ月の養成を済ませた彼女等は、室内プールに板を張って客席とし、脱衣場を舞台に改造した「パラダイス劇場」において第一回公演を行った。出しものは、北村季晴作・歌劇「ドンプラコ」、本店長世作・喜歌劇「浮れ達磨」、宝塚少女歌劇団作ダンス「胡蝶の舞」の三本立てであった。このように、最初はいわば浴客を対象としたアトラクション的存在であったが、大正三年の十二月に初めて北浜帝国座ヘ大阪毎日新聞社主催の慈善歌劇会に出演したのを皮切りに、道頓堀・浪花座、神戸・聚楽館等ヘしばしば出張公演するに及んだ。東京での初舞台は大正七年五月(帝劇)で、出し物は「雛まつり」、「三人猟師」、「ゴザムの市民」などであったが、これが予期以上の好評で、当時いささか不調気味だった帝劇の舞台(新劇・歌劇)に新風を吹き入れた。
その後公演毎に次第に観客の増加を見たので、新たに新歌劇場を設立、また生従たちも月組・花組に分れて公演したが、大正十三年七月、かねて小林一三の念願であった宝塚大劇場が竣工するに及んでさらに雪組が加わった。因みに星組は昭和八年の七月に発足している。
いわゆる「男装の麗人」に人気の集まり出したのは大正末期からで、その頃のスターとしては篠原浅茅・春日花子・奈良美也子などがいた。当時男役はいかなる場面でも必らずといっていいほど鳥打惰を被っていたが、これは長い髪をかくすためのもので、当時はまだ断髪など流行らなかった時代だから、男役といっても毛を短かくするわけにはいかなかったのである。因みに、レビューの男役が髪を短かくしたのは松竹の方が早く、水の江滝子が昭和五年に断髪にしている。
宝塚が、いわゆる「レビュー」の形態を本格的なものにしたのは「モン・パリ」であった。ひとり宝塚のみでなく日本のレビューはこの「モン・パリ」によって一つの典型を与えられたのである。これは教師の岸田辰弥が欧米旅行より帰朝したお土産興行として昭和二年の九月に上演したもので、「レビュー」という言葉が初めて使われたのもこのときであった。この「モン・パリ」は未曾有の大成功を収め、二ヵ月という宝塚最初の長期公演の記録を作ったが、その後「ハレムの宮殿」、「シンデレラ」等のレビューを上演、さらに五月八日にはこれまた欧米巡学より帰朝した白井鉄造の「パリゼット」を発表した。これは全十八景、白井帰朝以来の傑作とうたわれたもので、さらにこれを少し改訂した「ネオ・パリゼット」というのもある。この外白井の代表的な作品として「花詩集」、「トウランドット姫」などがあげられるだろう。
大正十二年の関東大震災によって東京公演は瞥らく中止されていたが、十四年からは再び進出をはじめ、市村座・邦楽座・歌舞伎座・新橋演舞場などで年三回ほどの公演を行っていた。しかし本格的な東京進出を目論んだ小林一三は、昭和九年の一月に東京宝塚劇場を落成させ、以後十九年三月の高級享楽停止令による閉鎖までレビューを上演した。この頃までの作者としては前記の外に久松一声・中西武夫・東郷静男・宇津秀男・堀正旗・岡田忠吉・東信一・加藤忠松・高木四郎などが活躍した。昭和九年七月の中西武夫作「憂愁夫人」など従来の宝塚調にドラマ性を与えたという意味で注目される。
昭和二十一年に再開した宝塚は間もなく戦前の華やかさを取戻したが、新開拓といったものはあまり見られなかった。しかしそれまで白井・岸田を初め、前記のようないわば座付作家のもののみを手掛けていたのが、「新風を入れるため」外部の作家のものをも公演することになった。二十七年三月の菊田一夫「猿飛佐助」の他「ジャワの踊り子」、「ひめゆりの塔」、執行正俊「ホフマン物語」、「ヤマサローサ」、侮田晴夫「巴虫の騎士」等がそれである。
月・雪・花・星の四組はそれぞれ特徴があるとされている。すなわち月組は踊りに強くて男役スターが育ちやすく、花組は歌がよく、美人が多い。雪組は演技派、また星組は若々しく健康的なところが魅力という。